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市民科学研究室などでの日々の出来事あれこれ
by uedaki
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2008年 私のおすすめ3作品
市民科学研究室恒例の年越し企画「わたしのおすすめ3作品」の原稿が集まった。1月末にホームページに、会員の皆さんから寄せられた原稿をとりまとめて掲載する。ここでは、私自身が書いた原稿をそれに先だってアップしてみる。

1)『ワインの科学』(ジェイミー・グッド 著/梶山あゆみ 訳、河出書房新社2008)

 2008年は私のワイン開眼の年だった。といってもたいしたことではなく、ワインを選び、味わいながら飲むのに意識的になったというだけのこと。選ぶワインは1000円前後のもので2000円を超えるものにはめったに手を出さない。飲むペースも1週間に1本か2本程度。必ず夕食といっしょにたしなむ。“安くて旨い”ワインを自分なりにどう選ぶかが楽しい。ネットにはワイン通たちの、すごい情報量できれいな写真満載のブログがいくつもある。それらも参考にしながら、手近なワインショップ(行き慣れた所が数カ所ある)で「今日はこれでいってみよう」と1本を選び、家に帰ってじっくり味わう。ブドウの品種、産地、生産者によって味の傾向がどう違うかが多少なりともつかめるようになってくると面白い。入門書や雑誌記事などもいくらか目を通したが、ワインをテーマにした本で一番面白かったのが、『ワインの科学』だ。テロワール(地味)、酸化防止剤、遺伝子組み換えブドウ、天然コルク、ワインと健康……と豊富な話題を取り上げて、科学的に何がどこまでわかっているのか、味わいを高めるのに科学がどう生かされているのかを、じつにわかりやすく生き生きと語っている。これはサイエンスライターの誰もがお手本とすべき見事な書きっぷりだと思う。人気漫画『もやしもん』(石川雅之 作、講談社)の第6巻もワインを扱っていて、楽しく読めた。ワインの基礎知識を面白く読ませる作者の技量はなかなかのものだ。

 優れた科学書という点で心に残っているのは、私の積年の関心が反映するが、『ダーウィンのジレンマを解く 新規性の進化発生理論』(カーシュナー&ゲルハルト著、みすず書房2008)、『シマウマの縞 蝶の模様 エボデボ革命が解き明かす生物デザインの起源』(キャロル著、光文社2007)の2冊。ともに一級の生物学者が著したレベルの高い一般向け著作である。生物学の中心の中心とも言うべきテーマ、発生・遺伝・進化の三つを統合的にとらえて解明せんとする科学が、今まさに成立しつつあるその息吹を、これらの本は伝えている。

2)『白の闇』(ジョゼ・サラマーゴ 著/雨沢泰 訳、NHK出版、新装版2008)

 現存の作家で今一番旺盛な創作力を示し質の高い作品を世に送り出している人は誰か? 1998年のノーベル文学賞を受賞したポルトガルの作家、ジョゼ・サラマーゴ(José Saramago)は間違いなくその一人に数えられるだろう。今年、彼の『白の闇』(英語では『Blindness』)が映画化されて公開された。それを機にこの作家に興味を持った人はどれくらいいるのだろうか? 代表作の一つと目される『白の闇』のすごさは多言を要しない。20世紀の小説全体の中でも、巻措く能わず、一気に読まないではおられない迫力を持つ屈指の作品だろう。阿鼻叫喚と汚辱を描いて決して扇情的にならない、透徹した眼差しの筆致がここにはある。他に日本語訳で読めるのは、『修道院回想録―バルタザルとブリムンダ』『リカルド・レイスの死の年』『あらゆる名前』で、それだけでも、奔放な歴史的想像と緻密な寓話的世界の描出で、現実社会を違った位相でとらえることのできる精神の可能性を浮上させる、この作家の手腕に感心させられるだろうが、英語にはすでに訳されている『Cave』『Seeing』『Death with Interruptions』などの日本語訳が現れれば、80歳を超えての創作のさらなる深化に驚嘆を覚えるだろう。
 
  「文学」に関連して、邦訳が望まれるという点で挙げておきたいのは、米国の農民作家・詩人・評論家のWendell Berry の諸著作(『ライフ・イズ・ミラクル―現代の迷信への批判的考察』(法政大学出版局2005)という評論集の訳書が一冊だけ出ている)。エコロジー運動をすすめる、あるいはそれに深い関心を寄せる先進的な欧米の知識人の間では、Berryは広く尊敬を寄せられている作家であり、昨年は彼を論じた評論『Wendell Berry and the Cultivation of Life: A Reader’s Guide』(Bonzo&Stevens、Brazos Press2008)も出た。また近日発売される『The One-Straw Revolution: An Introduction to Natural Farming』(New York Review Books Classicsの1冊、福岡正信『自然農法 わら一本の革命』の英訳本)にBerryは序文を寄せている。

  「文学」そのものを論じた本で、日本の知識人に一つの教養の尺度を提供しているのが、2008年に亡くなった加藤周一氏の『日本文学史序説』であろう。これを読めば、多くの日本人が「古文」「現代文」として名前とそのさわりくらいは中学と高校で習っただろう古典作品の一覧が、いかに狭隘な文学のとらえ方の産物であるかがわかる。加藤氏が挙げた広義の文学の日本語作品の代表作(そこには『正法眼蔵』や『三酔人経綸問答』や『ロマ書の研究』などが含まれる)が、広く日本の知識人たちの教養として共有されるのは望みがたいかもしれない(いわゆる文語文や古文や漢文が、外国語以上に遠い存在に感じる人は少なくないだろう)。しかし、彼の簡潔でありながら示唆に富む個々の作品の論評からヒントを得て(ヒントというより、懦夫をして立たしむる知的迫力と言うべきか)、それそれがそれぞれなりに古典への接近をはかることはできる。自分と古典との新たな出会いの導きの糸としても機能するところが、この本の偉大さの証左であろう。

3)『クラシック新定番100人100曲』(林田直樹 著、アスキー新書2008)

 1冊880円の新書だが、その価値は100倍の8万円ほどになる、と言うと、驚かれるだろうか? だがそれは誇張でない。この本に紹介された100曲は、すべてこの本のために特設されたウェブサイトを通じて、聴けるのだ。ナクソスレーベルの全面的なバックアップで実現した素敵な企画だ。素敵なのはこのガイドブックの本文も、であることを強調したい。「ヘンデルの音楽には不思議と革ジャンがよく似合う」「日本国憲法第9条の“9”は、私にはベートーヴェンの“第9交響曲”の“9”を思わせる」「もし子どもを産んだら、カルメンは自由な女のままいられるだろうか?」といった、作品・作曲家との長いつきあいが熟してはじめて得られただろう個性的な切り口で、奥深く幅広いクラシック音楽の世界を、その豊かさを匂い立たせつつ様々に劈開するガイドは、今までなかったのではないか。「私だったら、この作曲家ならこれとは別のあの曲を挙げるな…」といった想像をかきたてる刺激を与えられるのが楽しいし、相当にマニアックな人でも思わずうならされるキラリと光るさりげない記述にそこここで出会うだろう。
 
 じつはこの本の存在を知ったのは、あるインターネットのサイトでだった。最近のブログの発達が、趣味・嗜好の世界をどれほど豊かにしているかは、驚かないではいられない。私にとって昨年出会った素晴らしいサイトの一つに「Taubenpost~歌曲雑感」がある。おそらくこのサイトの作者フランツさんはきっと私と同世代だろう。フランツさんが愛情と手間暇を傾けて、たとえばオランダの名歌手エリー・アメリング(Elly Ameling)に関する情報をかくも詳細にアップしてくれているのは、どんなにありがたいことか!「(かつてのレコードのCD化が行われないので)もう聴けないのかな…」とあきらめ気味だったのだが、アメリングの活動を記念してまとめて発売されたCD「Elly Ameling 75 jaar: Live Concertopnamen 1957-1991」(5枚組)や「The Artistry of Elly Ameling」(同じく5枚組)が出ていることを教えられ、一挙にその渇きを癒すことができた。なんという幸せ! アメリングの歌こそ、“青春”という言葉で表徴できる過去が私にあったとすれば、我が青春の甘美なる心の恋人であり支えであったのだから。
 
 音楽に関連して、2つのコンサートが特に心に残った。一つは、「邦楽最前線」(1月25日、国立劇場小劇場)であり、すでに個人ブログで語った。もう一つは「三善晃 合唱音楽の夕べ」(3月9日、杉並公会堂大ホール)で、三善晃の数多い合唱曲から精選した10曲を14の合唱団が持ち回りで歌う、というぜいたくな企画だった。2008年はCDでも『三善晃の音楽』(カメラータ・トウキョウ、3枚組)が発売され、彼の創作活動の全貌に迫る一つの手がかりが与えられたが、どなたか、彼の合唱曲全集を企画して完成させてくれはしまいか? 多数の市井のアマチュアによって演奏されることで親しまれ愛されてきたという点では、現存の日本の作曲家の作品では、三善晃の合唱曲は戦後の突出した存在ではないだろうか(演奏は難易度が高く、大変なのだけれど……)。
 
 音楽にからんでもう一つ。ソニーから2007年に発売された「ハードディスクオーディオ レコーダー NAC-HD1」は、民生用録音機器としては究極のモデルになっているのではないか。LPレコード→CD→MD→HDオーディオという録音媒体の進化は、録音・編集とライブラリー作成・携帯の容易さで来るところまで来たという感じがする。この録音器にはCD約380枚分が収録できる。私自身はタイマー機能を使って、デジタル衛星放送「ミュージックバード」を受信し、発売間もない新譜を録音・再生して楽しんでいるが、その音質の良さ、編集作業の簡便さには舌を巻く。ライブ放送を含めて、新しい演奏を幅広く録音して聴こうとする方には特におすすめの機器だ。

# by uedaki | 2009-01-18 20:13
加藤周一氏を悼む
遅まきながら、市民研のクリスマスパーティを終えた夜に、帰宅してから、加藤周一さんが亡くなったことを知りました(バタバタしていて、新聞やニュースに目を通す余裕がなかったため)。

89歳というお年だったので、大往生と言えるのではないかと思うのですが、それにしても、最も信頼を寄せてきた知識人・文筆家の一人が亡くなるのは、辛いことです。戦争を憎む激しい情念が、幅広く古今東西の事象にふれあい考えを巡らす好奇心と、論理的に透徹した言説を貫き通す情熱を裏打ちしていました。「知識人は貧乏でなければならない」……鞄一つで世界のどこにでもでかけて、文化、社会、歴史、文明を論じることのできる本物のコスモポリタンだったように思います。日本を深く深く愛した人でしたが。

高校時代に読んだ自伝『羊の歌』は今も変わらぬ愛読書ですが、その中の「非専門の専門家たらんと志した」との一節に、私もまた鼓舞された者の一人です(日本にはそのような影響を受けた人がきっと他にもいると思います)。加藤さんの教養の深さには足元にも及びませんが、せいぜい彼の幅広さから学ぼうと、彼の著作の主だったものは、初期の『一九四六・文学的考察』(1947)から最後の『日本文化における時間と空間』(2007)に至るまで、ほぼすべて読んできました。代表作『日本文学史序説』は通読はむろん、何かに思い当たるたびに部分的に読み返したことは数えきれないほどです。今も、加藤さんの生き方が直接語られた好著『二十世紀の自画像』(ちくま新書)を改めて読み返しています。日本語の現存の書き手で(ああ、「現存」ではなくなってしまいましたが!)、私にとってその散文を模範としてきた人の筆頭に来るのが加藤さんです。

私が大学などの組織に属さず、市民活動という形で、自分なりの“自由”を選び取っているのも、また加藤さんの影響かもしれません。

心からご冥福をお祈りいたします。

# by uedaki | 2008-12-08 22:30
高校での出前授業、うまくいきました
11月12日に神奈川県立のある高校で、子ども料理教室「発酵という魔法」の授業を、38名の高校2年生(女子生徒多かったです)を対象に、私と「食の総合科学勉強会」の世話人の小林友依さんの2人で行いました。高校側の担当のA先生がとても親切な方で、前もって荷物を事務所まで来て車で運んでくださったり、授業後も事務所まで戻
してくださっりで、ほんとに助かりました。

丁寧な感想まで送っていただきました。このようなお手紙をいただくと、授業自体は半日仕事でなかなか大変なのですが、やってよかったな、という気持ちにさせられます。小林さんの手際のよい準備と、要所要所での上手な説明にもすごく助けられました。

************(転載:A先生からの手紙より)
                         
 前略 先日は、朝早くから準備と講義ありがとうございました。

 授業の感想や疑問に思ったこと、さらに知りたいことなどを生徒に書いてもらいました。1つ代表的なものを紹介します。

<生徒の感想>

 今回の授業は今までのどの授業より楽しく、興味をそそるものばかりでした。こんなにも身近に発酵食品があるのに、どのようにしてこの食品たちができあがっていくのかよく分からないまま、微生物たちの恩恵を受けていたのだなあと思いました。特に、味噌と醤油にはとても驚きました。3つの要素全てが重なって生まれるものがあるのかと思いましたし、その前に、発酵は細菌・酵母・かびのいづれか1つだけで、すべてできると思っていたので、3つの円に分類するのはとても面白かったです。
 疑問に思ったことといえば、味噌と醤油のように3つ重なって作る発酵食品は世界にどの程度あるのでしょう? 中国あたりは沢山ありそうです。2つ目に、酵母はいろんなところから採ることができますが、どの酵母も同じような形をしているのですか? 菌やかびは色々あったので、酵母も他のがあれば観察してみたいです。それと、いろんな食物からの酵母で、自分で柿やミカンやその他から自分で1から作ったもので、何に活用できるのか、又どんな方法で調理などに使うのか知りたいです。食物からできた酵母ごとによって味が変わるのであるならば、色々おかずに、お菓子にと、味で使い分けてみたいです。授業また受けたいです。ありがとうございました。

 以上です。このように生徒たちは講義にとても満足しています。ありがとうございました。

# by uedaki | 2008-11-15 21:30
秋の夜長に……
秋の夜長に気に入った音楽を……という方は多いのではないかと思いますが、私の今、住んでいるマンションでは大規模改修が行われていて、10年も利用してきた「デジタル衛星放送 ミュージックバード」が8月から12月まで聴けないでいます(ベランダにつけたアンテナをはずさなければならないため)。もちろん、今持っているCDやMDを聴いていればよいだけのことなのですが、やはり新譜のめぼしいものを次々聴くという習慣が断ち切られるのは、ちょっと寂しいものですね。

昨日、久しぶりに、一番好きなピアニストであるミケランジェリの演奏を少しまとめて聴いたのですが、最近はyoutubeでたくさんの演奏動画がアップされていて、「いったい誰がどこで撮ったのだろう?」といぶかしく思いつつ、たとえ音質が悪くても演奏家の姿を目にすることの驚きと喜びのほうが大きくて余りある、という感じで、つい見入ってしまいます。

たとえばミケランジェリの奇跡的な演奏のCDである『ドビュッシー 映像第1集、第2集、子供の領分』(1971年)の冒頭の曲「水の反映」の動画があります。

これを聞くと、周りが水晶体となって時間が凍りついてしまうかのような、凄みのある美に戦慄した、最初に聞いた頃のことが思い出されてきます。その音のつらなりを自分の手で再現したくて、とうてい弾きこなせないのに、楽譜をにらみながら何十時間もピアノに向かって何度も何度も同じフレーズをさらった、高校時代のあの無為の時も。

私がたぶん生涯で唯一といえるだろう贅沢をした、手持ちのオーディオセットの中での一番の美品は、ジェフローランド社のインテグレーテッドアンプ「コンセントラ」ですが(写真は、次のブログのページの一番下に出ています)、こうしたお気に入りのセットで再生して、好きな音楽の隅々までをも味わい尽くす、というのが、秋の夜長の私の一番の楽しみです。

ちなみに、ミケランジェリがどれほど楽々と難曲を弾きこなすピアニストだったかは、たとえば次のラヴェルのピアノコンチェルトの終楽章の演奏(指揮はチェリビダッケで、この映像はきわめて貴重な記録でしょう)を聞けばわかるでしょう。

# by uedaki | 2008-09-02 21:25
学校という不可思議な場所
学校は誰しも通ったことのある場所ですから、教育問題というのは誰でも「一言いいたい」という気持ちにさせる要素があるように思いますが、それにしても、「なんでこんなことがまかり通るの?」とびっくりさせられることが最近多いような気がします。

大分県のこのニュース、やりきれないですね。

私ならこの21人を、あと1年働いてもらって、生徒から好かれるいい先生であることが判明すれば、残してあげますね。教員試験の成績は成績で、確かに合否を決める材料にした以上それは無視できないけれど、それと「よい先生」であることは、あまり関係がないように思います。「よい先生」は現場で作られますからね。不正をただすというなら、この不正に関与した、教育管理職関係者や両親を厳しく罰し、もらった賄賂が100万円ならその10倍を返させたらどうでしょう。

それと大分県以外でもきっと同種の不正が行われていたに違いないだろうに、それが表に出てこないように見えるのはどうでしてなのでしょう?

次のニュースにも驚きます。

58億円ですか。こんなことに時間とお金を使うなんて、ほんと愚劣ですね。どうせ、試験のデータ処理などをまかされた業者に多くのお金が流れたのでしょう。「学力に問題あり」と本気で考えるなら、今の教師の数を2倍にして、少人数のクラスを作るべきです。学力の達成度を「ペーパーテスト」の一律の基準で一斉にはかる、などいうことがそもそも解決策にならないことは、現場の先生なら、はじめから分かっているのではないですか。ある習得課題に対して、「できる、こなせる」という形は比較的一様ですが(誰がやってもほぼ同じ解き方で臨める、という類のものしか、そもそも「課題」にしていない)、「できない」はきわめて多様です(「やる気がしない」から「じっくり時間をかけて解く性格」、「ケアレスミス」までじつにいろいろ)。私なら、1人1000万円を与えて、全国に580人のフリーランス教員を公募して、“できない”生徒さんと思いっきりつきあってもらう、というモデルケースを作りますね。“できない”生徒が、何かをきっかけにして生き生きと学び出すような何かを、その教師が提供できるかどうかの実験です。

こんなニュースをみていると、「もし自分に子どもがいれば、学校には行かせたくないな……」という気持ちに傾いてしまいます。まあ、学校という世界の旧態依然たる愚かさにさらされつつも、それを乗り切っていく“たくましさ”を子どもに身につけさせればよいわけですが。

# by uedaki | 2008-09-01 21:27
天才バカボンの生みの親、死す
赤塚不二夫さんが亡くなりましたね。
手塚治虫に次ぐ国民的漫画家といっていいかもしれません。

私もごくごく小さい頃、「シェー!」というポーズが大流行した余波をうけていたのでしょうか、何度もそれを人前でやらかしていたようで、その頃のほんとに数少なく残っている我が家族の写真に、「シェー!」をしている自分がいます。

いつだったか、ガンの治療から生還した赤塚さんが、テレビの記者会見で、水割りを飲みながら赤ら顔で、ニコニコへらへらと語っていた姿をみて、度肝を抜かれたことがありましたが、今思うに、ギャグ漫画の名作を10年ほどの間に立て続けに量産した後の、いわば余生を生きている余裕の中での出来事だったのでしょうか?

度はずれて心優しい人だったらしいことは、次のインタビューでもうかがえますね。

なんだか、生き方と作品が不思議な感じで一体化している、今では珍しくなった漫画家という気がします(楳図かずおも何だかそんな感じを抱かせますが)。

# by uedaki | 2008-08-05 21:16
「夏」の名曲
暑い日が続きますね。

音楽を聴いて夏の暑さをしばし忘れる……などというといぶかしく思われるかもしれません。四季それぞれの雰囲気を濃厚に感じることのできるクラシックの名曲は少なくないのですが、この暑い季節に「夏」の語をタイトルに持つ次のくつかの作品を聞くのが、私には「音楽で季節を味わう」ことの愉悦を一番感じさせてくれます。その楽しさで、暑さを忘れるのです。まあ、いってみれば、季節感を奥深く味あわせてくれる、自分にとっての極めつきの名曲、ということになるのでしょう。

皆さんの中にも聞いたことのある人がきっといるのでは?

●オネゲル 交響詩「夏の牧歌」
●ブリッジ  交響詩「夏」
●ディーリアス「夏の庭園にて」、「川の上の夏の夜」、「夏の歌」

歌曲では
●シューベルト「夏の夜」
●シューマン「詩人の恋」Op.48の第12曲「明るい夏の朝に」
●ブラームス「夏の夕べ」「やさしき夏の夜よ、来たれ」
(ブラームスのドイツ民謡集の中の「静かな夜」も夏の夜に聞くといい!)
●フーゴ・ヴォルフ「夏の子守歌」
●フォーレ「やさしき歌」Op.61の第7曲「それはある夏の明るい日」
あたりでしょうか。

ところで、フォーレには歌曲集「イヴの歌」という超名曲があって、その第6曲「生きている水」という曲を聴くたびに夏の日差しで輝く清冽な水の流れを感じます。そういえば、「水」を連想させる名曲も数多くありますね。

そうそう、ボサノバの名曲
●波(カルロス・ジョビン)
も、あまりに定番と言えば定番ではありますが、やはりいいですね。

こうした曲を集めて、自分用のCDを作ろうかな……。

# by uedaki | 2008-07-14 21:13
アイカムから『iPS細胞って、なんだろう?』発刊
昨年、アイカムの映画上映会をしましたが、そのご縁で、社長の川村智子さんと創始者の息子さんである武田遊さんとは、時々連絡をとりあう間柄になっています。

一方、私が東大のインタープリター養成プログラムで教員をしているときに知り合った学生さんで、医学部博士課程にいたFさんという女性に、その方が就職を考えておられると聞いてアイカム社をすすめたところ、川村さんとお会いになってアイカムを大変気に入られ、就職が内定しました。Fさんには、市民科学研究室の『エンハンスメント論争』の翻訳チームにも入ってもらっていましたし、私としてもアイカムが素晴らしい会社であることはわかっていましたので、ほんとに嬉しかったのです。ところがしばらくして川村さんから「Fさんは別の研究所に勤められることに……」との連絡をいただき、「今から新社員募集は大変だろうな……」と、Fさんを紹介した手前私も気を揉んでいたのです。

その川村さんから、なんとFさんをライターとして迎えての共著の新刊『iPS細胞って、なんだろう?』を贈っていただき、心も晴れ晴れとする喜びに包まれました。

私が「アイカムは素晴らしいよ」とFさんに熱意をこめて語ったのが、こんな形の成果をうむことのきっかけになるなんて、ほんと嬉しいではないですか!

生物学の基礎的な知見と、開発の社会的背景、今後の再生医療の展望を、アイカムらしい精緻な写真と落ちついた筆致で語る、読み応えのある一書です。ほんとにすばやいタイミングで、iPS細胞に関する学術的な正確さを保った一般向け科学書を送り出してくださったことに感謝したいと思います。

# by uedaki | 2008-05-29 20:49
これで気取った広告のつもり? 朝日新聞への抗議
私がずいぶん以前から気にしていたことに「新聞での広告のスペースの取り方がだんだんの大きくなってきている」という問題があります。高い講読料を払って、広告を読まされているような代物に、日本の新聞はなってきているのか、という思いをさせられることが、だんだん強くなっています。

本日の朝日新聞の夕刊を見た人は、びっくりしたのではないでしょうか?
「『朝日』もついにここまで来たか……」
あまりにひどい広告の掲載スペースの取り方です。

メールで以下の抗議を朝日新聞社に送りました。

*****

5月23日夕刊第1面での広告の扱いについて

夕刊第1面の右下に大きなスペースを使ってDOLCE & GABBANAの広告が掲載されていますが、朝日新聞はいつから広告誌になったのですか? 第1面は社の側がもっとも重要だと考える記事を掲載するスペースであるべきだと思いますが、いくら広告収入のためとはいえ、このような使い方をしてよいのですか? 今後このような広告の扱いを繰り返すようであれば、長年続けてきた講読を止めることにします。日本の代表的な一新聞のやり方として、大変情けないと思います。

上田昌文

# by uedaki | 2008-05-23 20:46
連休が終わる……ホラー小説とワインの話
連休が今日で終わりますが、皆さんいかがお過ごしだったでしょうか?

私は結局昨日5日を家でゆっくりすごしただけで、他の日は事務所に赴いて雑用をこなしたり、残っている原稿のあれやこれやを書いたり(でも完成せず……)で、ほとんど連休気分を味わうことはできませんでした。時間にケチな性格なのでしょうか、思い切った遠出(というほどでもない、むしろ近出)がなかなかできなくて、結局損をしているような、妙なわびしさを、連休の終わりに抱いてしまうのです。

それでも普段はなかなか思い切って手をのばせない、仕事や活動とはまったく関係のない長編小説を一気に読んだり、気になっていても実際に買って飲みはしないワインを求めてお店に行ったり……と、気分転換の時が持てたのは、やはり連休からくる心のゆとりがあるからでしょう。

のっけから唐突な話題で申し訳ないのですが、小野不由美の長編ホラー『屍鬼』を再読して、その“吸血鬼”つながりで半村良の『石の血脈』も一気読みしました。読みたい純(?)文学の名作はいくらでもあるのに(本棚には先日古本屋で手に入れたブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』の新訳(中田恭・訳)があり、読まれるのを待っている……)、よりによってホラーやミステリーですか、と言われそうですが、まあ、肩のこらないという点では、私にはこの類の小説ははずせないのです。2作を読んでみて、盛り込まれている奇想の裏付けに(説得力を醸し出すため)、科学知識がいろいろと使われているのが面白かったです。両者とも筆力という点では相当な高水準で、同系統のエンターテイメントで言うと、貴志祐介や篠田節子らもいい線を行っているな、と思っています。(2002年に亡くなった半村良をホラー作家というのはちょっと違いでしょうが、彼には『能登怪異譚』という凄みの利いた短編集があります。)

もう一方のワインの方ですが、こちらは金にケチな性格がよくあらわれていて、「いかにして安い値段で美味しいワインを手にするか」を、持ち前の(?)資料検索の能力をフルに発揮して探り出すことになるのです。

詳細は省きますが(ワイン好きな人がいたら今度じっくり語り合いましょう)、ワインほど「どれが美味いか?」を探し出すのが面白くなる対象はなかなかないらしく、個人ブログで飲んだ感想を楽しそうに克明に記したものも少なくないのです。ソムリエっぽい人だけでなく、ごく普通の人々が日々の記録として熱心にアップしているのがすごい。世の中には、自分の好きなものにこれだけのお金とエネルギーと言葉を(つまり愛情を)かけることができる人たちがたくさんいるのだな~というところがちょっぴり感動的なのです。

私はそれらの人々の足元にも及ばない規模ですが、それでもお気に入りのワインショップに足を運んで時々試飲したり、年に1,2度ですが、6本とか10本のまとめ買いをしたり……で、時間とお金の許す限り、いろいろ試しています。

そんな私がこの半月に出会って、納得の美味しさを実感したおすすめワインを2つ紹介します。普段は1000円以下のワインしか買いませんが、誕生日(4月下旬)と連休が続いたこともあって、ちょっと贅沢な選択になっています。

ジオリス プティー・ヴィーニュ 2006 (2980円)

蔵出しワイン専門店「ヴィノス やまざき」で扱っています。今まで飲んだワインの中で一番美味しかったです。値段も3000円弱と、自分としてはすごく勇気のいる買い物だったですが、大当たりでした。「そうか、世の中の高級ワインって、こういう指向をもっているのだな、納得……」という気にさせられる、1000円台のものとは違う、ちょっと別格の美味しさが味わえます。輸入本数が限定されているとのことで、もうなくなってしまったかもしれません。

モンテス・クラシック・カベルネ・ソーヴィニヨン 2006 (1500円)

1000円前後のワインにちょっと物足りなさを感じている人にはもってこいのワインではないでしょうか? これもワイン専門店「エノテカ」で、たくさんの種類を揃えています。コストパフォーマンスが高いと言われるチリワインの中でも、モンテス社のものはあたりはずれが少なく、特にカベルネ・ソーヴィニヨン種のものは、誰が飲んでも口当たりがいいと感じるのではないでしょうか。

というわけで、連休最後の日に、息抜きをしてみました。

今日の素晴らし天気のもと、近所の根津神社のツツジ祭りももう見納めかと思われるので、昼休みがてら出かけてくるか。

# by uedaki | 2008-05-06 20:41
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